お客様に喜んでもらえる良い履物を作りたい

今から100年も前の大正時代、「青柳下駄屋」は高畠駅から広がる商店街で下駄を販売していました。当時の高畠は製糸業が盛んで旧高畠駅から広がる商店街には農村からやってきた女工さんで大変にぎわっていたそうです。

時代が流れるにつれて下駄は履物に変化していきます。青柳下駄屋はそれでも良い履物にこだわって続けてきましたが、どうしても海外製の統一規格の靴の流通の流れには逆らえず、商店街の店舗販売は難しくなってきたそうです。そんな中でも日本人の足指にあう良い履物を作り続けたいと考えた三代目青柳昌夫さんが、あえて下駄一本に絞って研究開発を始め、たどり着いたのが「仙太郎下駄」でした。

下駄屋の小僧習わぬ下駄を作る

青柳昌男さんは生まれながらに、家じゅうに下駄のある環境で生活してきました。幼少のころ自室には出荷を待つわらじや下駄がずらりと並んでいたそうです。そんな環境で育った昌男さん。いつの日か自分で下駄を作るようになっていたそうです。
下駄に初代当主の仙太郎さんの名前を付けたのも、昌男さんにとって下駄作りの原点だったからでしょうか。

仙太郎下駄の出来るまで

仙太郎下駄はすべて受注生産で一足一足丁寧に作られています。桐材から台木を作る作業はまさに長年の研鑽から生まれた昌男さんの職人技。1枚の板から寸分たがわぬ形に台木を切り出していきます。
台木の調整が終わったら、今度は奥様の延子さんが一足一足丁寧に自然素材のアマニ油やオレンジ油を用いた塗料で着色します。そのあと鼻緒をすげてゴム底を付ければ完成です。

  1. 1.台木にラインを引く

    1.台木にラインを引く

  2. 2.ジグソーで切断

    2.ジグソーで切断

  3. 3.電動ヤスリで成形

    3.電動ヤスリで成形

  4. 4.鳥海丸で角度をつける

    4.鳥海丸で角度をつける

  5. 祖父の代から伝わる鳥海丸。年間1000足近い下駄を作り出している職人の道具。昔の職人の道具は丈夫に鍛えられており、刃こぼれや錆びること無く今でも現役で活躍している。

    祖父の代から伝わる鳥海丸。年間1000足近い下駄を作り出している職人の道具。昔の職人の道具は丈夫に鍛えられており、刃こぼれや錆びること無く今でも現役で活躍している。

  6. 5.鼻緒をつける穴(坪)を空ける

    5.鼻緒をつける穴(坪)を空ける

  7. 6.トリマを用いて下穴を広げる

    6.トリマを用いて下穴を広げる

  8. 7.カンナや電動ヤスリで面取りして仕上げ

    7.カンナや電動ヤスリで面取りして仕上げ

  9. 8.塗装は奥様の延子さんが行う

    8.塗装は奥様の延子さんが行う

  10. 9.3日間に分けて天然樹脂を3度塗装

    9.3日間に分けて天然樹脂を3度塗装

  11. 10.鼻緒をすげる

    10.鼻緒をすげる

  12. 11.底を付けて完成

    11.底を付けて完成